大判例

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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2063号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠>を総合すると、原告は昭和四三年九月一八日午後四時頃、文京区本駒込六丁目六番地先道路の交差点にさしかかつた際、その北東隅の縁石に近接した開口部長経約三〇センチ、短経約二〇センチの楕円形で深さ垂直に約三〇センチ、斜め横に約九〇センチの本件穴に右足を踏み落とし、前倒して加療約四ヵ月半を要する頸部捻挫症候群の受傷をし、昭和四三年九月二一日から同年一〇月二一日まで三一日間鈴木病院に入院治療し、退院後も昭和四四年一月三〇日までの間実日数七五日以上同病院および城野外科病院で通院治療したことが認められる。

本件事故現場の道路は区道として被告の管理にかかるものであること、事故当時現場附近の道路上に本件穴が存したこと(但し、その大きさ、形状は除く。)、当時被告は本件穴を修理しておらず、また、危険標識も掲げてなかつたことは当事者間に争がなく、<証拠>によると、本件事故は現場の交差点は東西に走る巾員7.2米の道路と南北方向の車道7.2米と両側の歩道各1.8米の巾員を有する道路とが交差していて、右両道路はいずれもアスファルトで舗装されており、南北に走る車道の下に下水道の本管が、東西に走る道路のL型溝用集水桝の下あたりにその導水管がそれぞれ設置されていて、両管が本件交差点の中央あたりで接合されているところ、右接合部分のコンクリートがはがれて砂の部分が抜け空洞を生じ、車輛の重みで陥没して前記認定の本件穴が生じたものと推認される。原告本人尋問の結果によると、原告は本件東側歩道を南から北に向かつて本件交差点にさしかかり、信号機がなかつたので車輛等に注意しながら車道に降りた際、前方から車が二台直進してきて原告の前方を東側方向に左折したのでこれを見送り、さらにもう一台の車が前方から直進してきたのでこれに注意しながら右車道を通過して歩道に上ろうとしたとき本件穴に気づかず、これに右足を踏み落としたことが認められる。

被告は、その所轄内の道路を常時良好な状態に維持修繕をなし、もつて交通の安全性を確保しなければならないのであつて、前記認定のような穴が本件アスファルト道路上に存することは、人の往来、車輛の通行に危険であるから、被告としては破損箇所を修理するか、または破損箇所に標識を掲げて注意を促す等して歩行者の危険の発生を未然に防止する義務がある。被告がこれを怠り、本件穴を放置したため、原告が右足を踏み落として本件事故が発生するにいたつたというほかなく、被告の本件道路の管理には瑕疵があつたと認められる。

<証拠>によれば、被告は土木課によつて所轄道路の管理を行ない、巡視員による一〇日に一回ぐらいの定期的な巡回視察や一般市民の通報などによつて道路の損傷箇所の発見に努め、これを発見した場合には応急車二台、巡回補修車、ジープなどからなる応急補修班がその修理にあたつていて、本件事故前の昭和四三年九月一三、四両日も巡視員が本件事故現場附近を巡回したことが認められるが、道路管理者の管理義務の内容は、単に一般的に管理の機構を設置し巡回視察、補修改良等をなすことをもつて充分であるということはできない。したがつて、右認定のような一般的管理を施したことのみによつて、被告はその義務を免れることはできない。よつて、被告は国家賠償法二条一項により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。(渡辺一雄 菅原敏彦 北山元章)

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